間違いを恐れない
現在の日本の社会としては学歴社会でありますし、学歴が低い人は頭が悪いといった、それこそ頭が悪いとしか言えない様な考え方の人も存在しています。
その様な社会のせいか、簡単な事を間違えてしまうと鬼の首を取ったかの様に攻められてしまう事があるのです。
翻訳であっても、簡単な訳を間違えてしまうと、今後数年は言われ続ける事もあるのです。
そのため、失敗を恐れて大胆な翻訳を出来る方が少なくなってきている様な気がします。
そこまで間違っている翻訳ではなく、意訳といって良いほどの翻訳でも、「この翻訳間違えているよ」と恥ずかしげもなく言ってくる方もいますし、言われた方もそこで、「この方が良い翻訳だと思ったからわざとやっている」と言えれば良いのですが、相手が自分よりも学歴が高い場合などは、口をつぐんでしまう場合もあるのです。
大げさな事を言う様ですが、例え間違えであったとしても、命を亡くすわけでもありませんし、罪を犯しているわけもでもありません。
それこそ、間違っていても、翻訳会社などに勤めているのであれば、誰かしらが指摘してくれる事でしょう。
聞くは、「一時の恥聞かぬは一生の恥」という程ですので、自分が良いと思った翻訳ならば、誰かに指摘されたら、「どこがおかしいの?」と聞けるくらいの勇気をもちましょう。
誤訳の連鎖
日本は、島国でありますので、他の文化との触れ合いが少ないと言えるでしょう。
ただでさえ、百数十年前までは、「侍」などが闊歩している国だったのにも関わらず、急激に先進国になったので、言語の文化までは追いついていってない様な気もします。
さらには、言語の発達する環境としては、植民地などにされていれば、支配国の言葉が根付くのですが、アメリカに負けた以外では、植民地にされていた過去などもないので、他国語を話せる人が少ないと言えるのかもしれません。
そして、その様に英語に精通している人が少ないために、日本語に翻訳した文献などでも誤訳と呼べるような翻訳が数多く存在しているのです。
他国の言葉を扱う限りは、完璧な翻訳などは存在しませんので、例え、翻訳会社に頼んだとしても、多少の誤訳は出てきてしまうでしょう。
その為に、英語の為の教材などでも、誤訳が記載されている事もあるのです。
その様な、誤訳がある教材で勉強したかたは、誤訳が正しい訳だと信じこんでしまうでしょうし、その人が、誰かに英語を教える立場になってしまえば、その誤訳はさらに広まっていくと思います。
ですので、英語を学んでいる人は、自分の学んでいるものが絶対的に正しいとは思いこまない事です。